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「できるだけ近くで、たくさんの水を。」 神戸市水道局事業部配水課 給水装置担当課長 橋上重弘さん

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震災直後、情報収集の源は「人」だった

阪神・淡路大震災発生当時は、神戸市水道局計画課所属の、入庁5年目。神戸市の北に位置する兵庫県三田市に住んでいたという橋上さんは、発生後しばらく、神戸市内の被害状況が全く分からなかったと言います。
自宅では、時計が倒れた程度で揺れはひどくなかったんです。電車が止まっていたため車で出勤する途中、六甲トンネルを抜けた辺りから、世界が一変しました。朝の7時半くらいだったので、情報も不確かな段階。ラジオからは「神戸市で数軒、家が倒れています」というニュースが流れていたように思います。灘区では国道2号線の両側で炎が上がり、大勢の人々がぼうぜんと歩道に座っていました…

やっとの思いで職場に到着した橋上さんの目に飛び込んできたのは、市役所本庁舎(2号館)の信じられない姿でした。

07_2号館と3号館渡り廊下から1号館を望む

03_2号館の6階部分が破損
何度数え直しても、水道局があるはずの6階部分が「ない」んです。生まれて初めて、途方に暮れるという感覚を経験しました。地震の発生時刻がずれていたら、僕は今、ここにいなかったかもしれません。

そんな状況の中、無事だった1号館の小さな会議室で、すぐに対策本部を立ち上げました。けれど、携帯電話がまだまだ普及していない時代。その段階でもまだ、被害についての正確な情報は届いていませんでした。情報収集の源はすべて「人」だった、と橋上さんは言葉を続けます。
通常、地下に埋まっている水道管は、漏水すると水圧で地上に水が噴き出すのですが、見える範囲では噴き出しているところがなかったので、この時点では被害はそれほど大きくないのではないかと予測していました。市内に120カ所ある、水をためておく配水池も1カ所を除いて大きな被害はありませんでしたし。でも、水道の復旧を始めると、配水管が至る所で破損していることが分かってきたんです。被害があまりにも大きすぎたため、水圧が下がって水が噴き出さない…という状況に陥っていたようです。当初は若手職員が単車や自転車で走り回って情報を集めていました。

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仮設の給水場に水を汲みにくる人たち


給水タンク車による給水作業では、追いつかない

阪神・淡路大震災発生後は、神戸市内のほぼ全域で断水。被災状況による地域差はあるものの、一番長いところでは、復旧までにおよそ10週間かかりました。

震災発生当日の夕方には、他都市から給水タンク車が続々と集結。橋上さんは他都市のタンク車に乗って案内をした後、深夜まで、神戸市中央区にある湊川神社の横で給水活動をしていたそうです。その作業は10日ほど続き、凍えるような寒さの中、水を求める長い行列が絶えない日々。懸命な給水活動にも関わらず、量とスピードが追い付かなくて「次はいつ来んねん」と怒られたこともあったのだとか。
給水タンク車で現場に水を届ける応急給水活動は、タンクが空になったら水を補給するために戻る時間がどうしても必要なんです。あのころは、1.5km進むのに2時間もかかるような大渋滞。その経験から、タンク車での給水活動には限界があることがよく分かったんです。

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神戸市が目指している「災害に強く早期復旧が可能な水道づくり」

市民の声に一刻も早く応えようと、神戸市は早急に「災害に強く早期復旧が可能な水道づくり」に着手。震災の1カ月後には、事業の素案づくりにとりかかりました。
災害に強く早期復旧が可能な水道づくりを実現するには、市民の皆さんの声を反映した計画にすることが大前提。時間が経過するに連れて生活用水の要求量が増えてきます。市民の声の分析からも、水道を使えない生活は1カ月が限界だと考えました。供給可能な量を増やしていくとともに、防災拠点には優先的に水を配れるように計画しています。

水源が少ないため、水道水源の7~8割を淀川に依存しなくてはならない神戸市。すでにある六甲山中の送水トンネルに加え、市街地の地下深くに代替送水ルートとしても使用できる「大容量送水管」の整備を開始。万が一、大災害が起きた場合、送水管の中に溜まった水で、全市民が12日間、1日3リットルの水を確保することもできます。

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応急給水拠点の倉庫には、仮設の蛇口を設置できる資器材が


災害が発生したら、すぐに使える水道を

その取り組みの一つが、神戸市内47カ所に応急給水拠点を整備するというもの。配水池や貯水槽に溜めた水を利用して、断水時に給水できる仕組みがつくられました。

この応急給水拠点にある倉庫には、仮設の蛇口を設置するための資器材が常備されています。これがあれば、緊急時にはいつでも、住民の手で組み立てて使用できるのです。
現在、倉庫の鍵を住民の方にお渡しするシステムを広げています。災害が起こったとき、少しでも早く市民の方が自力で給水できるようにするためです。今では、全体の半分にあたる24カ所の拠点に鍵をお渡しして、管理と訓練をお願いしています。

さらに、配水池から小学校までの配水管の耐震化工事も進められています。普段は子どもたちの水飲み場として使われている蛇口が、災害時には仮設の蛇口として活用できるよう、それぞれの小学校にも資器材を保管。平常時には水飲み場として、災害時には応急給水栓として使用できるように設計されているのだそうです。
配水管の耐震化工事が終わったところには、そのシンボルとして「いつでもじゃぐち」を整備しています。災害時には小学校が避難所となり、市民の生活拠点になるため、必ず水が必要になります。このシンボルは「この小学校にはいつでも水がきますよ」という目印なんです。

このように、さまざまな方法で給水できる仕組みが整ってきています。生活拠点のできるだけ近くで、できるだけたくさんの水を、住民自らの手で確保できるようにしています。

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岩手県大槌町、陸前高田市で支援活動をおこなった


阪神・淡路大震災の経験を、他の都市にも伝えたい

東日本大震災後、神戸市水道局はこれらの経験や知識をもって、岩手県へ水道事業の復旧支援に駆けつけました。
10人ほどの隊をつくって、交代で現地へ行ったんです。繰り返し現地へ行くことで、地理を把握して自分たちで移動できるようになるため、被災地の方々の負担が軽くなります。また、顔見知りになって話もしやすくなるという、いい循環ができました。距離がぐっと縮まりましたね。

岩手県では、津波によって海水が川の上流まで達し、水源が崩壊してしまったところもあったそうです。神戸市の場合は淀川からの水が常時送られていたため、比較的早く復旧開始できたのですが、水源が被災していては水道の復旧は不可能。水道が使えるようになり始めるまでに、2カ月ほど要したのだそう。
津波では被災せず、建物があって生活はできるけれど、水だけがないというところもありました。その町はご高齢の方が多くて坂道も多い場所だったため、できるだけきめ細かく水をお配りしたいという一心でした。

最も活(い)かすことができたのは、「阪神・淡路大震災で、とても混乱して困った」経験だったと語る橋上さん。現地の方にはそんな思いをさせたくないという気持ちが強く、現地の方の要求を100%受け入れる覚悟で活動を続けていたそうです。

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優しい岩手のお母さんたちと文通を


「支援にきた人たちを応援したい」お母さんの、温かい心

岩手県では主に、太平洋沿岸部の大槌町や陸前高田市で支援活動を行っていたのだとか。内陸部の遠野市に宿泊して、早朝に現場へ向かい、深夜に戻る日々を送っていた橋上さんたちに、心温まるお母さんたちの愛が届きます。
「支援にきた人たちを応援したい!」という地元の方がたくさんいて…ご好意に甘えて、食事を1日おきに用意してくださることになったんです。

それは、ほとんどが60歳以上だという、お母さんたちのグループ。食卓には毎回、献立の説明と、橋上さんたちをねぎらう優しい手紙が必ず添えられていたそうです。手紙の最後には、「おせっかい婆さん一同」というフレーズも。いつしか、温かい気持ちで食事を済ませた後に返事をしたためる、文通が習慣になっていたそうです。
「何とかしたい」という一心で、お世話をしてくださったんだと思います。とても強い意志を持って続けていただき、「ありがとう」と御礼を述べるくらいではお返しできないくらい、大変お世話になりました。

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緊急飲料水搬送車が緊急工事対策車としての役割も担う


災害が起こったらすぐに駆け付けて、全ての声に応えたい

また、2014年8月に起きた兵庫県丹波市の豪雨災害後も、神戸市水道局は支援に駆け付けました。
被災地に行くと必ず、「わざわざ来てくれてありがとう。大変ですね」と声を掛けてくださるのですが、最も大変なのは被災した方々なんです。だから、何でも言っていただきたいですし、僕たちにできることなら全てにお応えしたいという気持ちで支援活動にあたっています。

阪神・淡路大震災で経験したことを、他の被災地で活(い)かしたいと願う橋上さん。震災を経験し、当時多くの方に支援をいただいた神戸市の職員だからこそ、経験していない方々に当時の経験を伝え、お世話になったお返しをしなければと考えているそうです。
支援活動を行う際は、被災地に迷惑をかけないように活動することが非常に大切です。震災を経験していない職員も含め、水道局職員は「災害が起こったら、すぐに駆け付けたい」と考える人間ばかり。これはすごく大事なんですよね。

阪神・淡路大震災で感じた思いとご自身の経験を胸に、これからも業務に励んでいきたいという橋上さん。そのひたむきな情熱は、さまざまな場面で、多くの方々の心に響いているのではないでしょうか。


(写真/森本奈津美 取材・文/山森彩)








橋上 重弘

神戸市水道局事業部配水課給水装置担当課長。神戸市に入庁して5年目の水道局計画課に所属していた時に、阪神・淡路大震災が発生。被災地に水を届ける「応急給水」や災害査定業務に従事。その後、災害時に被災者の元へすぐに水を届けることができる「応急給水拠点」等の整備に携わる。東日本大震災発生後は岩手県での復旧支援に従事、震災で経験した知識やノウハウ、思いを被災地に届け続けている。

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